「男女共同参画予算10兆円」のカラクリ

 こんにちは、みなさま。今日は本書から chiki によるコラム、「男女共同参画予算とはなにか」をお届けします。やや長くなりますが、貴重な資料なので全文掲載といきます。

論点バックラッシュ3 男女共同参画予算とはなにか
荻上チキ


 「男女共同参画に10兆円!」
 「ジェンダーフリーに10兆円!」
 一時期、こんなフレーズが一人歩きしていました。「累積50兆円!」とか言い換えたりして、インパクトもたっぷりです。これを聞いて、「おお、フェミニストの陰謀じゃ」と憤慨した人も多いことでしょう。私がこのことを聞いたときも「そんなバカな」とまず思いました。但し、それは「そんなバカな(ことが行われているなんて!)」ってことではなく、「そんなバカな(こと、あるわけないじゃん)」って意味で。予算の総額がいくらかを考えれば、普通そんなことありえないわけで、何かカラクリがあるだろうと思ったわけですね。
 ここでは、本当に男女共同参画ジェンダーフリーに対して10兆円も使われているのかを見ていきましょう。そのためには、国家予算のしくみについて簡単に知っておく必要があります。

予算とは何か

 「予算」とは、前もって必要な収入や費用を見積もりすることをいいます。それは国家予算の場合も同じ。国家予算はすごい額です。18年度の国家予算の一般会計の規模は79兆6860億円です。少しわけてほしいです。
 国家予算には、「一般会計」と「特別会計」というものがあります。たまにNHKとかで耳にしますね。特別会計には、たとえば「特許特別会計」というものがあります。特許庁は発明、意匠、商標等について審査を行い、申請者に特許権や商標権などを認めていますが、その費用は、基本的には出願手数料、特許料等によってまかなわれています。これが特許特別会計。おもわず早口で連呼したくなります。この「特許特別会計」のように、ある事業について特定の収入を財源として運営するのが適当な場合などは、一般会計とは独立した特別会計が設けられています。ちなみに現在、31の特別会計があります。興味がある人は調べてみるといいでしょう。
 それに対し、「一般会計」の方は、基本的に国民からの税金でまかなうことになっております。そのため、国の一般的な行政、事業で、税金でまかなうのが適当と考えられるものが「一般会計」の対象となっています。但し、18年度予算の歳入約79兆円のうち、税収は約45兆円なので、必要な額にはかなり足りません。そこで、不足の部分は借金でなんとかしちゃいます。これがいわゆる「国債」(正式には「公債金」)で、18年度は29兆9730億円となっております。
 ちなみに国債には「建設公債」と「特例公債」があります。建設公債はインフラ整備のための借金で、橋や道路などインフラの効用は相当長期に及ぶことから、将来の国民にも負担をさせて構わない(本当か?)という考えで、いわば「善玉」の借金と考えられています。これに対し特例公債は赤字部分の補填。「特例」という名前からわかるとおり、本来すべきではない借金で、正真正銘の「悪玉」と考えられています。ところが今ではこちらが「国債」のかなりの部分を占め、18年度の場合、「建設公債」5兆4840億円に対し、「特例公債」は24兆4890億円億円です。「借金財政」といわれるゆえんです。ご利用は計画的に。
 さて、予算といえば、「歳入」と「歳出」があります。収入と支出のことですが、年度ごとに見積もりを行っていますので(「歳」は「年」を意味しますから)、「歳入」「歳出」とされています。年度とは「会計年度」のことで、1月から12月までの1年間を「暦年」というのに対し、「会計年度」は4月から翌年3月までの1年間を指します。学校と同じですね。で、「○○年度予算」というのは、○○年度の1年間の収入・支出の見積もりをいいます。このように年度ごとに予算として見積もりを立てることを「予算単年度主義」といいます。要するに、1年ごとに帳尻を合わせるってことです。では、「一般会計」の「歳出」はどうなっているのでしょうか。
国も、さまざまな行政や事業を行うためには、オゼゼが要ります。しかしながら、近年は、「歳入」に「公債金」が増えたことにより、「歳出」にも借金の元利金の支払いに充てるための「国債費」が多くなってしまいました。18年度は18兆7616億円に上ります。この部分は使えません。さらに「地方交付税等」が必要になります。国の財政は、地方の財政を「地方交付税等」で支えており、これらは総務省を通じて支払われ、直接地方自治体の財源となります。それが14兆5584億円あります。これも国として使うことができません。格好ケツカッチンですね。
 結局、約81兆円の予算から、これらをさしひいて残った額は46兆3660億円。この約46兆円が、国の各府省が実際に使えるお金で、「一般歳出」と呼ばれています。一般歳出の内訳を多い順に並べてみると、年金、医療、介護、福祉などの「社会保障関係費」20兆5739億円、治山治水、道路、港湾、空港の整備などの「公共事業関係費」7兆2015億円、義務教育、大学運営、科学技術振興などの「文教科学振興費」5兆2671億円、そして「防衛関係費」4兆8139億円となっております。あれ、「男女共同参画推進関係予算」がないっ? ここがカラクリのポイントです。

男女共同参画の予算の対象は何か

 国の「男女共同参画推進関係予算」というものがとりまとめられています。17年度の総額は、なんと10兆6045億円になります。すごい額です。宝くじが1万回当たっても足りません。そのため、「防衛関係費よりも多いなんて!」というフレーズがあちこちで見受けられました。よりによって防衛費と比べたがる人が多いのは不思議ですが、何か大人の事情があるのでしょう。
さて、これをみて「やっぱりそれだけ使われてたんだな、フェミニストの陰謀じゃ!」と騒ぐのは気が早いです。カルシウムを補充しながら、もう少し細かく見てみましょう。
 まず「男女共同参画推進関係予算」とは、文字通り、各府省の所管している予算のうち、男女共同参画に関係している予算を選び出して整理したものです。ですから、「社会保障関係費」約20兆円の次に、多額の「男女共同参画推進関係予算」のカタマリが存在するわけではありません。「社会保障関係費」、「公共事業関係費」、「文教科学振興費」などの中から、関係している事業・政策を取り出してまとめていたものを「関係予算」と呼んでいるわけです。ちょっとややこしかったですね。
 「関係予算」は、男女共同参画基本計画を元に取り出しています。平成17年度の「男女共同参画推進関係予算」の元となった第1次男女共同参画基本計画には、11の分野ごとに関係府省の実施すべき具体的施策が掲げられていました。この具体的施策の17年度予算を分野ごとに集めて、取りまとめたのが17年度「男女共同参画推進関係予算」です。
 ちなみに11の分野は次のとおりです。
 (1) 政策・方針決定過程への女性の参画の拡大、(2) 男女共同参画の視点に立った社会制度・慣行の見直し、意識の改革、(3) 雇用等の分野における男女の均等な機会と待遇の確保、(4) 農山漁村における男女共同参画の確立、(5) 男女の職業生活と家庭・地域生活の両立の支援、(6) 高齢者等が安心して暮らせる条件の整備、(7) 女性に対するあらゆる暴力の根絶、(8) 生涯を通じた女性の健康支援、(9)メディアにおける女性の人権の尊重、(10) 女共同参画社会を推進し多様な選択を可能にする教育・学習の充実、(11) 地球社会の「平等・開発・平和」への貢献。
 このうち、ずばぬけて多いのが (6)「高齢者等が安心して暮らせる条件の整備」で、ここには介護給付費の国家負担金約1兆9518億円、厚生年金の国庫負担約4兆5394億円、国民年金の国庫負担約1兆7201億円が含められ、(6) だけで約8兆9854億円です。その次が、(5)「男女の職業生活と家庭・地域生活の両立の支援」で、児童手当給付、母子家庭等対策費、保育所運営費などが含められ、約1兆3988億円となっております。3番目は、(10)「男女共同参画社会を推進し多様な選択を可能にする教育・学習の充実」で、専修学校教育の振興、放送大学の拡充・振興などが含められ、約1378億円です。これら3分野で約10兆5220億円です。残りは、それぞれにちょびっとずつ配分されています。
 特筆すべきは、(6)「高齢者等が安心して暮らせる条件の整備」に、厚生年金、国民年金の国庫負担が含められ、これらが約6兆2595億円に上っていること。これは、「男女共同参画推進関係予算」全体10兆6045億円の約6割を占めています。要するに、関係予算の6割が「年金の国庫負担」(支払う年金の足りない分を税金で負担するということ)だったのです。
 じゃあ、なんで (6) が「関係予算」に含まれているのでしょうか。それを知るためには、関係予算がどのように決まったのかを知る必要があります。

男女共同参画推進関係予算はどう決まったのか。

 「男女共同参画推進関係予算」は、各府省の予算の中から、男女共同参画基本計画に掲げられる施策に該当するものを取り出してとりまとめたものでした。ご承知のとおり、国の財政は火の車です。そのため、毎年度予算の編成についても厳しい対応が求められています。「男女共同参画推進関係予算」も例外ではありません。男女共同参画社会基本法では、前文で「男女共同参画社会の実現を21世紀の我が国社会を決定する最重要課題と位置付け」と書かれていますが、だからといって「男女共同参画推進関係予算」に該当する予算経費の査定が甘くなるものではありません。必要性など、財務省からしっかりとチェックされます。えこひいきはいけません。
 予算は国会で決められます。そのプロセスは省略しますが、年末に政府の予算案が決定された後、新年になってから「男女共同参画推進関係予算」のとりまとめ作業が始まります。具体的には、内閣府から男女共同参画基本計画に掲げられた施策の次年度予算について各府省に対して問い合わせを行います。そして各府省から回答が集められ、それをもとに内閣府男女共同参画局でとりまとめられるわけです。
 さて、その「男女共同参画推進関係予算」の基本となる男女共同参画基本計画についてですが、17年12月に改定が行われ、新たに第2次男女共同参画基本計画が策定されました。リニューアルってヤツです。基本計画は5年おきにリニューアルされるのです。
第2次基本計画では、この「男女共同参画推進関係予算」について「取りまとめにあたっては、男女共同参画の推進の見地から当面特に留意する事項と、それ以外の事項に区分して行う」とされました。どういうことでしょうか。
 先ほど述べたように、「男女共同参画推進関係予算」に含まれている国民年金と厚生年金の国庫負担の予算額は、他の事業に比べて規模が大きく、全体額の約6割を占めていました。この予算額の毎年の増加は、高齢化に伴う支払対象者数の増加等によるものです。そのため、他の関係予算の増減や、関係予算の全体像を分かりにくくしているのではないか、というような指摘があったことから、今後は「当面特に留意すべき事項」と「それ以外の事項」に区別して行うという方針が示されたのでした。
 そんなわけで、この第2次基本計画に沿って取りまとめられた「男女共同参画推進関係予算」は、次のようになりました。


○平成18年度男女共同参画推進関係予算

「当面特に留意すべき事項」として約4兆4千億円
(主な内訳)
・「高齢者等が安心して暮らせる条件の整備」(介護給付費を含む)約2兆9千億円
・「男女の職業生活と家庭・地域生活の両立の支援」約1兆2千億円
・「男女共同参画社会を推進し多様な選択を可能にする教育・学習の充実」約1400億円

 また、「当面特に留意すべき事項」のほかに「それ以外の事項」として年金の国庫負担等の経費が掲げられています。要するに、平成18年度以降は「当面特に留意すべき事項」の額として約4兆3千億円が示され、年金の国庫負担等はこの「当面特に留意すべき事項」に含められないこととなったということです。ちょっぴり分かりやすくなりました。
 ちなみに、なぜ「関係予算」に高齢者の予算が含められているかというと、「男女」も年をとること(高齢者も「男女」であること)、高齢者介護がこれまで「嫁」の仕事とされていたりしたこと、男性と比べて女性の平均寿命の方が長く、つまり高齢者には女性が多いことなどが理由のようです。但し、「関係予算」に組み込まれるか否かというのは、あんまり使い道には関係がありません。「これだけ仕事やってまっせー」という国民へのアピールみたいなものです。

本質的な議論をしようよ。

 これまで、男女共同参画推進関係予算に対して、「約10兆円!」というフレーズをつかった批判があちこちで見られました。例えば「男女平等バカ」(宝島社、2005)という、タイトルの通り男女平等についてのバカな意見をバカが書いてバカが読む本(え、ちがうの?)の表紙にも「年間10兆円の血税を垂れ流す“男女共同参画”の怖い話!」と書いてあります。もちろん予算の妥当性については吟味が必要ですが、ほとんどの批判が予算の意味を分かってないか、あるいはフレーズだけ繰り返して煽るような議論であるという印象を持ちますよね。対象をしっかり知らないで批判していると、空疎な議論になるか、結局自分は損をして、みんなを扇情して儲かる人だけが笑う結果になってしまいます。特に「防衛費の3倍!」みたいな議論を高齢の方が行っているのをよく見かけますが、保障なんていらないからワシを軍隊に入れてくれってことなんでしょうか。不思議です。
 そんなわけで、これからは見せかけの金額の大きさではなく、政策の「質」とそれに必要な「量」についての充実した議論を期待したいと思います。

 いかがでしたか? 『バックラッシュ!』にはほかにもクオリティの高い分析記事が満載です。バックラッシュ論者も、これを読んだ以上はいい加減「男女共同参画の予算は年間10兆円」とか言うのはよさんか!(ウソ)