小谷真理「テクハラとしてのバックラッシュ――魔女狩りの特効薬、処方します」紹介

 みなさま、こんにちは。今週は本書から、小谷真理「テクハラとしてのバックラッシュ」の一部をご紹介します。SF評論家の小谷さんらしい、とてもユニークで分かりやすいエッセイにしあげてくださいました。それではどうぞ。

バックラッシュという魔女狩り

 二一世紀に入って、正確には九・一一同時多発テロ事件以降といってもいいが、奇妙な現象が日本で起きている。一般にいうジェンダーフリー・バッシングである。一連の記事や書籍を読んでいると、ヘタクソなSFのようなシナリオが躍っている。こんな要旨だ。

「いまや男女共同参画局には、フェミニストが入り込み、いたいけな青少年に過激な性教育をほどこし、革命を起こして、家庭を崩壊させ、日本の伝統も破壊している。フェミニスト共産主義者だ」。 

 そのまま突き進めば、いつオセアニア (ジョージ・オーウェル『一九八四年』という有名なディストピアSFの全体主義世界の一部)やジオン公国(『機動戦士ガンダム』というアニメに登場する独裁国家)が飛び出してもおかしくないような論調だが、ユートピアや新人類が登場しても不自然ではない筆の勢いこそあれ、これらの記述は非現実的なSFの話ではなくて、国を憂えるノンフィクションなのだ。「SFのマネゴトをするなら、もうちょっとマジメにやれ!」と思わず苦笑してしまうところだが、これを冗談ではなく、本気にした政治家がいたという驚くべき状況があったというのだから、信じられないではないか。

 このところ、実用主義的傾向が強まった大学から役に立たないという理由で、文学部を排斥する動きが見られるけれど、本を読まなかったり、読解力不足だったりという病は、じつは政治家のなかにこそおそるべき勢いで進行していた、ということが実感される。

 とくに、これらの言説のなかで躍っている「共産主義者」という単語。これには、長年SF&ファンタジー界隈で、火星人やら超能力者や機械生命体やら、さまざまな悪役の品評会をながめてきた私の目も点になった。冷戦も解消して久しいいま、共産主義者って古すぎない? 『スターウォーズ』に登場するダース・ベイダー卿もビックリ、鋼鉄製の腰を抜かしそうな設定だ。

 これではまるで、アメリカ五〇年代に起きた赤狩りのパロディである。

 赤狩りというのは、周知のとおりマッカーシー上院議員の講演を発端にはじまったもので、共産主義者を一斉に狩りだしたマッカーシズムを指す。今日では別名、魔女狩りと呼ばれている。

 ごく最近、ジョージ・クルーニー監督が、マッカーシズムをとりあげ『グッド・ナイト&グッド・ラック』という映画を制作したから、記憶に新しいヒトもいるだろう。上院議員だったジョゼフ・マッカーシーは、とある講演のなかで政府に共産党員のブラックリストを持っていることほのめかした。これが衆目を集め、それに気をよくしたマッカーシーは以後、このネタをちらつかせながら大衆を煽って、注目を浴び、しだいに権力を手中におさめた。時はアメリカ五〇年代。ソ連との冷戦の時代である。マッカーシー鉄のカーテンの向こう側の共産主義に対する恐怖心に訴えかけ、排外主義を背景に大衆の支持をとりつけたのだ。で、どうなったか。

 さしたる証拠もないまま、密告され、共産主義者にされ、職を追われたり逮捕されたりするヒトが続出した。その拝外主義的なムードのなかで、ユダヤ人と同性愛者も巻き込まれ、同じように疎外され弾圧された。白人に根強い反ユダヤ主義と同性愛差別者が赤狩りを利用したからだ。マッカーシーと親しかったロイ・コーンという人物は、「共産主義者は同性愛者だ」というデマをとばした。通常ならば一笑にふせられるような大ウソが大まじめで語られ、偏見から造り出されたウソは独り歩きし、一種の集団ヒステリーともいえる魔女狩り現象になった。自由主義を掲げ、世界の警察を標榜するアメリカ人には、そうとうイタい過去であろう。

 大衆受けをねらってウソを捏造したマッカーシー共産主義を悪役に見立て冷戦を乗りきろうとするあまり、マッカーシズムを利用した政治家たち。それに便乗して、無責任なデマを野放しにしたメディア。無批判に信じ、魔女狩りする大衆。センセーショナリズム(扇情主義)が、テロル(恐怖)による排外主義を増幅させ、メディアも浮薄なデマを飛ばして荷担した魔女狩り。そう。マッカーシズムは、メディア社会特有の魔女狩りだったともいえる。クルーニー監督は、マッカーシーが実証性のないデマをとばしていたことを暴露したメディア関係者(ラジオ局のスタッフ)の現場を描いたのだ。もちろん、彼らもバックラッシュに遭い、自殺者も出るのだけれど。

 ……と、そんなふうに見ていくと、今回のジェンダー・フリー・バッシングも、たしかに赤狩りのできの悪いパロディのように見えてくるから不思議だ。

 …つづきは双風舎刊『バックラッシュ!』でお読みください。


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