『ポップ×フェミ』第3回 : 会場騒然! レベッカ・ウォーカー氏が全米女性学会で衝撃講演

 みなさま、こんにちは。先週はサンフランシスコでドメスティックバイオレンス関連の重要な会議があり、5日間ほど出張していました。同時にちょうど iBook の電源アダプタが壊れてしまったため当地でコンピュータを使えなかったのですが、それでもあらかじめ決めておいた通りのスケジュールで更新してくれた chiki さんに感謝。
 さて、今回やや「ポップ」という表題から外れるものの取り上げようと思ったのは、先週オークランドで行われた全米女性学会の基調講演について。わたしはもともとこの総会でトランスジェンダーフェミニズム関係の論文を発表する予定だったのだけれど、ドメスティックバイオレンス系の仕事と重なったのでキャンセルしました。が、基調講演だけは大会初日の夜7時からということで、5時にサンフランシスコの会議を抜け出してオークランドに行っても間に合うと思い、初対面となる日本人ブロガーの id:kleinbottle526 くんと待ち合わせして参加してきました。
 基調講演を行ったのは、わたしが「第三波フェミニズム・第二期」と呼ぶ90年代中盤のフェミニズムで重要な役割を果たし、「To Be Real: Telling the Truth and Changing the Face of Feminism」という第三波フェミニズムの代表的な論集を出版したことで知られるレベッカ・ウォーカーさん。わたしは彼女に会ったことはこれまで一度しかなくて、しかもかなり昔のことだったので、久しぶりに彼女の話を聞くことを楽しみにしていた。
 けれどこの日の彼女は、明らかに異常だった。というのも、見るからに態度がぼーっとしているし、何の意味もなくしばらく沈黙したり、同じ箇所を繰り返し読み直したりしていた。でもさらに異常なのがその発言の内容だ。「フェミニストは不健康だ」という指摘にはじまり、「生物学的に繋がりのある(核)家族の価値を見直すべきだ」「フェミニズムは子どもを犠牲にしてきた」「運動や学問を続けるよりも、子どもを産み育てる方が重要だ」「フェミニズムは男性を応援団として歓迎するだけでなく、戦略策定を男性に任せるべきだ」「女性団体は代表者を男性にしろ」… あのー、これ、バックラッシュ論者のトンデモ本じゃなくて、女性学会の基調講演なんですよ?
 当然、会場の聴衆は激怒。とくに「生物学的に繋がりのある子どもを産み育てよ」という部分には、さまざまな家族や子どもへの関与のあり方を否定するのかと反発が強く、その点を問いただす質問者に「それを否定するつもりはないですよ」と答えながらも、再度まるで「生物学的に繋がりのある核家族」が抑圧されているかのような物言いをするので紛糾はおさまらない。また、講演者が質問の内容を理解できずに聞き返す光景も繰り返された。質疑応答が続くうちに、次第に質問者の意地悪な質問にウォーカーさんが唖然とするようなシュールな回答をよこすことを不条理劇場として楽しんでいるような空気に会場が包まれて行った。
 ここまで来たら、もう主催者が「次の質問で打ち切ります」みたいに介入するべきなのだけれど、そういう様子はない。というか、基調講演と質疑応答のために1時間以上も時間が取ってあったのに、20分くらいしか講演しなかった彼女の責任ではあるんだけれど、この際短めに終わらせても良かったのではないかと思った。あまりの無惨さにいてもいられず会場の外に出てみたら、既に席を立った女性学関係者たちがみんな一斉にウォーカーさんの講演をバッシングしている。「麻薬やってるんじゃないのか」というのがコンセンサスのようだった。
 知らない人も多かったようなのだけれど、ウォーカーさんというのは「カラー・パープル」で有名な小説家・活動家のアリス・ウォーカーさんとそのパートナーの白人(ヨーロッパ系ユダヤ人)女性の娘で、生まれたときから著名なフェミニストたちに囲まれて育ってきたという特異な体験を持つ人だ。フェミニストの両親に育てられた女の子というと、性別による理不尽な扱いを受けたりせずに伸び伸びと自分の個性を伸ばす機会があっただろうと思いがちだけれど、現実はそうではなかった。レベッカが自分の生まれ育ちを記した自叙伝「Black, White and Jewish: Autobiography of a Shifting Self」によると、彼女は二人の人種の異なる多忙な親ーー彼女の生育途中で離別しているーーのあいだで放置され、翻弄され、口先で理想を語りながら自分の娘を愛することもできないという偽善に深く傷つけられて育ったようだ。
 そういう背景が分かると、全米女性学会における彼女の不可解な言動にはすべて説明がつく。「フェミニズムが犠牲にしてきた子ども」とはすなわち彼女自身のことだし、「生物学的に繋がりのある家族を見直そう」「フェミニズムの指導者に男性を迎えよう」というのは、奪われた<父親>を返せという悲痛な叫びだ。彼女が普段と全く違った言動をとったのは、おそらく女性学会という場で数百人ものフェミニストの学者たちを前に講演するという場面を迎え、彼女のなかのトラウマが強烈に刺激されたのだと思う。聴衆の印象通り彼女が麻薬を使っていたのかどうかは分からないし、彼女の評判のために想像で決めつけるのはよしたいと思うけれども、仮にそうであったとすれば、それも彼女が今も抱いている子ども時代の傷の深さを物語るだろう。
 もし彼女が、そうした自分自身のトラウマを正面から見つめ、フェミニスト一般の「不健康さ」ではなく彼女自身の「不健康さ」を語ることができていたならば、おそらく会場の聴衆はそれなりに彼女に共感を寄せていたに違いない。わたしは「フェミニストは家庭に戻るべきだ」とは思わないけれど、運動や学問だけに集中して女性同士がお互いをどう扱うかという部分を忘却してしまってはいけないと思うし、そういう意味ではウォーカーさんの問題提起は建設的な議論に向かう可能性もあった。でも、彼女は自分のトラウマを自分自身に引き寄せて語ることができずに、過剰に一般化した論理を語って(騙って)しまった。その点において、彼女は批判されてしかるべきだ。
 けれども、彼女を徹底的に叩いたりバカにしたり不条理さを嗤ったりしていた会場の人たちもやっぱりどうかとわたしは思う。仮に彼女の生まれ育ちを全然知らなかったとしても、彼女が何らかの大きなトラウマから語っているということなんて、分かりそうなものじゃない。女性学って、トラウマを抱えていて客観的な思考ができないからって、せっかく寄ってきた女性を嗤って晒し物にして追い払っていいわけ? それこそ、彼女のトラウマはさらに深まるばかりだと思うけどな。批判すべきは批判するとして、もうちょっと共感的に接してあげても良かったんじゃないのかな、と思った。
 しかしこれまで女性学の授業を取ったことすらなくて、いきなりこんな物凄いドラマを目撃してしまった id:kleinbottle526 くんが、女性学について何か大きな誤解をしちゃわないか心配。もしかれがバックラッシュ派になったら、こんなのに連れて行ったわたしのせいだ。せっかく「光GENJIかあくんが好きだった」という共通点を見つけたのに反対陣営に分かれてしまうのは残念なので、Psychology of Women のクラスでちゃんと先生の話聞いてがんばってね。


 さて明日はいよいよ『バックラッシュ!』発売前日。昨日発表した通り、土曜日夜には前夜祭と称してチャット大会が予定されています。土曜日の更新で会場 URL が発表されるのでお見逃しなく! ようこそここへ遊ぼうよパラダイス、胸の林檎むいて!(ウソ)