『ポップ×フェミ』第7回 : 性労働者コンファレンス@ラスヴェガス報告

 こんにちは、みなさま。先週 macska はラスヴェガスで開催された Re-visioning Prostitution Policy というコンファレンスに参加してきました。表題の通り売買春に関する4日間に渡る大会なのですが、性労働者と活動家、研究者とソーシャルワーカー(これらのアイデンティティは部分的に重複する)が集まり、性病感染防止のためのアウトリーチや合法化・非犯罪化それぞれの長所と短所といったお決まりの議論にとどまらず、広く性労働者の権利擁護に関心のある人が集まりさまざまな議論を繰り広げた画期的なイベントでした。またしてもこれが「ポップ」なのかどうか激しく怪しいですが、今回はそのレポートをお届けします。
 と書き出してはみたものの、わたしはもともとこのコンファレンスには参加する気はなかったのね。というのも、こんな集会を開いても恵まれた環境で性労働をした経験があり今では本なんか出版してちょっとした有名人になった人ばかりが集まるに決まっているもの。でも複数の人から立て続けに「あなたにも来て欲しい」と言われ、旅行費用も出してくれるみたいな話になったから、「おかしな話になったら文句言ってやろう」くらいのつもりで参加した。
 恵まれた環境で性労働をした経験がある「ミニ有名人」が問題なのは、かれらが自信を持って語る「性労働」体験が一般の性労働者の大半とは段違いであることだ。例えばこのコンファレンスでも中心的な役割を果たしていたある「ミニ有名人」は、「性労働って仕事をしながらエクスタシーが経験できる素晴らしいお仕事♪」みたいに言ったりするので、たまらず「あなたは良い経験をしたかもしれないけれど、性労働一般についてそのように言わないでくれ」と抗議したことがある。
 では「反売買春」を主張する側の論者ならば底辺の性労働者の生の体験を知っているかというとそうでもなく、例えば昨年亡くなった著名な「反売買春」派フェミニストは、大学卒業後に親のお金でヨーロッパを見物旅行中、気を許した他のアメリカ人旅行者に騙されて持ち金を全部盗まれて、帰国するためのお金を売春して稼いだことがきっかけで反売買春に目覚めちゃったような人だったりする。要するに賛成派も反対派も有名人は中流階級以上の出身者で、性労働を必要以上に美化したり貶めたりするだけ。「いまいちパッとしない選択肢の中でかろうじてもっともマシな選択」として性労働に踏み出す底辺の性労働者のリアリティを分かっていない。
 もちろん、そんな状況の性労働者はこんなコンファレンスに来たりしない。主催者は「経済的に参加が困難な人には参加できるように金銭的な支援を準備した」と言うけれど、4日間も仕事を離れて旅行するだけでも負担なんだよ。というか、そもそもこのコンファレンスをわたしが知ったのは電子メールとウェブサイトのおかげなんだけれど、ストリートで働いている売春者たちはどうやってその「金銭的支援」の存在を知るというのか。それを指摘されると、「わたしたちは確かに中流階級性労働者だから、底辺の性労働者の問題はかれら自身に語ってもらおう」という、これまた中流階級的な良識というかお利口さが気に食わない。中流階級性労働者が底辺の性労働者を代弁することなんてできないけれど、かれら自身が声を挙げられないのを知りつつ何もせずに「かれら自身が語る」のを待つのだって問題なんだよ。
 そういえばコンファレンス中のある夕方、参加者の中から有志をつのり、性労働者らしく派手でセクシーな衣装を着て「売春を非犯罪化せよ」という趣旨のデモをやったらしいのだけれど、コンファレンスが終わってかれらがみな帰途についたあとでメンツを潰された地元警察がラスヴェガス性労働者たちに復讐する危険は考えたのか。一部で誤解があると思うのだけれど、米国ネヴァダ州で売買春が合法なのは政府によって徹底的に管理された売春宿におけるものだけで、しかもそれは大都市から離れた一部地域だけに過ぎない。売春宿を認めるくらいだから売買春に対してオープンなのだろうと考えるのは間違いで、民間業者による売春宿が合法ビジネスとして成り立つからこそ業者と癒着した政治家や警察はなおさら売春宿に属さない売春者を厳しく取り締まっている。
 前置きが長くなったけれど、わたしが性労働者運動にいい加減うんざりきているのは、「性労働者」とひとまとめにされる集団の中の格差があまりにも大きすぎるのに、そのことにセンシティヴになろうという様子がほとんどないこと。底辺労働者の存在をまったく無視するのも、かれらが声を上げないのを承知で「かれら自身の声を尊重しよう」というのも、どちらもこの問題にきちんと向き合っているとは言い難い。「売買春を非犯罪化しよう」「売春者に対する偏見をなくそう」という、ほとんど反対のしようがないような主張でさえ、急激に実施されると「犯罪だからこそ」「偏見を受けているからこそ」成り立っていた市場水準が一気に暴落し、これまで売買春によって家族を養っていた人たちの生活を破壊することだってありうる。そうした急激な変化によって最も多くを失う危険のある当事者の参加を欠いたまま、それでもかれらにフェアな運動のやり方を考えなければいけない。そうした倫理的な覚悟がもうちょっと共有されていると良いのだけれど。
 話がどんどん逸れているので、コンファレンスの話に戻す。コンファレンスの良かったところは、北米各地の様々なところで性労働者の権利と生存のために行動を起こしている人たち(プラス国外からの参加数名)と会えたこと。わたしが良く知る西海岸の性労働者当事者団体や支援団体(SWOP USACOYOTEESPU、その他)に加え、ワシントンDCの HIPSミネアポリスの STORM、マサチューセッツ州スプリングフィールドArise for Social Justice など、これまでメールでしかやり取りがなかった人たちと実際に会い、さまざまな知識や智慧を交換できたのは良かった。特に HIPS のストリートアウトリーチに感激。やっぱりポートランドは遅れているよ。
 今回のコンファレンスで一番異色だったのは、上で少しだけ書いた合法売春宿の経営陣が3人並んだパネルディスカッション。どうせなら経営者ではなく実際に売春宿で働いている労働者の話が聞きたかったけれども、売春宿の経営者の話を聞ける機会なんてそんなにないし、考えてみればかなり貴重な経験かも。もちろんかれらの発言は「1年で40万ドル(約4700万円)稼いだ女の子(とかれらは大人の女性を呼ぶ)もいる」などウソ(ではないにせよ、ほとんどあり得ないケース)ばかりだけれど、そういう種類の嘘ならわたしも予測していた。しかし、かれらがまるで慈善事業をやっているかのように「全ては女の子のため」という発言を繰り返すことには驚かされた。たとえばかれらは「自分たちは,女の子たちが合法的に売春できるために多大な努力をしている」と言うけれど、質疑応答で「売春宿以外における自由売春も支持するのか」と聞かれると、「売春宿は女の子たちに安全を提供している、自由売春は彼女たちに危険だから支持できない」と言う。正直に「自由売春は売春宿の商売敵だから支持できない」と言えば、まだ対話の相手として意義を見いだせたのになぁ。そんな経営者が珍しく本音を漏らしたのは、「売買春の自由を主張するリバタリアン党を支持しますか」という質問に「わたしは共和党員だ」と答えたとき。ちなみに、残念ながらかれら自身の年収については教えてくれなかった。
 続いて、自虐趣味で参加した「性労働を研究の対象とする学者たち」のグループ。やっぱり最悪。ある経済学者は「性労働者の仕事への満足度」を調べていて、その手法がこのコンファレンス会場でのアンケート。そんな偏ったサンプルでとった統計に何の意味があるのか全く不明。わたしが「研究者は性労働者を研究の対象とするだけでなく、性労働者団体とパートナーシップを組んでかれらが必要としている情報を調査すべきだ」と言ったら、「しかし社会科学の研究は中立かつ客観的でなければ…」と言う社会学者。客観性というのはメソドロジーとリサーチデザインで担保するべきで、性労働者団体とパートナーを組まなければ良いというわけじゃないでしょうが。「実はある性労働者団体の協力で論文を出版したのだが、学術誌が著作権を握っているためにその団体のウェブサイトに掲載できない」と言う公共衛生学者。そんなの知るか、掲載してもし学術誌が文句付けてきたらその時対処すればいいじゃん。さらにある学者は、出身地域ごとに分かれてローカルな運動状況を語り合うはずの時間を自分の研究のためのインタビューで潰していた。なんだかもう、性労働者に好意的な学者からしてこのレベル。
 「フェミニズム性労働」のディスカッションにも自虐のつもりで参加したのだけれど、こちらはそれよりはるかに生産的。さすがに「フェミニスト」を自称する性労働者のあいだでは、性労働を極端に美化したり逆に「女性への暴力」だと決めつけたりするのは間違いで、より慎重な理解が必要なことは共通了解となっていた様子。でも問題は、そうした理解をどうやって他のフェミニストたちと共有するかということだ。大手の団体になればなるほど何事にも「慎重な理解」などしようとはしなくなるし、米国最大規模の某女性団体の場合、毎年出る赤字をある一人のお金持ちの女性がポケットマネーで補填することでようやく存続している状態らしくて、そのお金持ち女性が強硬な「反売買春」論者であるという内実を知れば、もう全く望みはないように思う。困ったな。
 なんだか愚痴ばっかりでまとまりがないけど、長くなってしまったからおわる。苦情は双風舎の谷川さんまで(ウソ)


 おまけ話その1。泊まったホテルにはもちろんカジノが併設されていて、宿泊客には5ドル分無料でスロットマシーンが遊べる券が配られた。試しにやってみると、いきなり3ケタ(ドルで)の儲け。普通ならこれで気をよくしてスロット回し続けて破滅するんだろうなーと思いつつ、すぐやめて旅費をたてかえてくれた人に返しました。よかったよかった。
 おまけ話その2。会議中に鳴ったわたしの携帯電話の画面に表示されたのは見慣れない番号。出ると、前に女性学会とサンフランシスコの美味しいヴェトナム料理店 Sunflower に連れて行った id:kleinbottle526 くんが「macska さぁん、前教えてもらったお勧めのペンって何だったっけ?」。人が会議してるってのにぃ〜と思ったけど、携帯切っておかないわたしが悪いだけだ。ちなみにそのペンはパイロットの G-2 ゲルインキペン。わたしは常時携帯しています。