長谷川美子『たかが名簿、されど名簿――学校現場から男女平等を考える』紹介

 こんにちは、みなさま。今回は本書『バックラッシュ!』から、長谷川美子さんの論文「たかが名簿、されど名簿――学校現場から男女平等を考える」の冒頭部分を紹介します。長谷川さんは高校教員として男女混合名簿を推進する運動で中心的役割を果たしてきた方です。本稿では、長年の活動を振り返ってもらうとともに、教育における男女平等について現場の声を執筆していただきました。これだけ多種多様な立場からの論説が揃っているのも本書『バックラッシュ!』の特徴。
 では、以下に「たかが名簿、されど名簿――学校現場から男女平等を考える」から出だしの部分をお届けします。

 あなたの小学校から高校までの出席簿を思い出していただきたい。「安藤、井上(ア)、大川・・」 ただし、安藤も井上も大川もみーんな男子。21番の渡辺クンのあとの20番台は欠番が続き、31番からまた「秋山、井上(ユ)・・」と始まって50番の山田サンで終わるーーおおかたはこういうパターンだったはずだ。苗字は同じ井上でもアキラはNo.2で、ユカリはNo. 22。入学式から卒業式まで、体育館で並ぶときも、出席をとられるときも、答案を返されるときもボーイファースト。それが長いあいだガッコウの掟だった。
 先生たちは男女平等が謳われた平和憲法のことは教えてくれたけど、はたして学校はあなたに本当の平等を教えてくれただろうか。
 たとえば私が高校生のころは家庭科の授業は女子だけ、そのあいだ男子は体育だった。忘れもしない、その家庭科の教科書の表紙の裏には、年表形式の「女性のライフサイクル」なるものが載っていた。高校を卒業した女性が就職し、20代なかばで2,3歳年上のサラリーマンと結婚。出産で退職するが、下の子が学校に入るころパートに出る。男の子は大学、女の子は短大を出てそれぞれ結婚し、その数年後に定年退職した夫と二人で老後を迎える・・と、もうそれはそれは絵に描いたような(実際、挿絵もついていた)ステレオタイプ女の一生。そういう「女の人生標準プラン」を、ご親切にも授業で教えてくださろうというのである。「性別役割分担」や「M型雇用」という言葉こそ当時の私には知るよしもなかったが、「まったく、何歳で何をしようと大きなお世話だよ」と、サッカーやバスケに汗を流す男子を横目に屈辱感でいっぱい、ハラがたってたまらなかった。さしずめ、今時の高校生なら「マジですか?!」とでも言うところだ。
 ところが家庭科の授業にブチきれていた女子高生も、男女別出席簿についてはどうだったかというと・・これが、なーんとも感じていなかった。すっかり無感覚になっていたあまり、大学に入ってはじめて男女混合のアルファベット順で呼ばれたときは一瞬、「アレッ、これって何の順序かしらん」とキョトンとしてしまった。それから、ガクゼンとしましたね、「今までの名簿の順番、あれはいったいなんだったんだろう」と。
 子どもは日常光景や習慣の中で育っていくものだ。いくら「男女は平等だ」と言葉で教えられたところで、家庭や学校の現実がそれとはほど遠ければ空念仏で終わってしまう。「たかが名簿・・」と言うけれど、小学校から高校までの12年間、毎日繰り返されてきた「男が先」のこの習慣が、自分の意識や行動パターンにまったく影響していないと言い切れる人がどれだけいるだろうか。世の中のもろもろについて子どもに「正解」を教えてくれる学校という場での習慣のチカラは絶大だ。小学生のころ、通知表に「明朗快活ですが、ときどき荒っぽいこともやらかします・・」などと書かれ、親を慌てさせたこともある私だって例外ではない。何かをやるときに一番に「ハイッ!」と手を挙げるのは苦手だったし、サブリーダーなら気楽に引き受けるくせにリーダー役はちょっとという「ぶりっ子モード」を、大人になってから意識的に脱ぎ捨てるのにはちょっとしたエネルギーを要したものだ。
 そんな私が高校の教員になってしまった。就職してまもなく、恨みの家庭科女子のみ必修は廃止される見通しがついたが、名簿のほうは相変わらずボーイファーストのまま。自分が出席をとったりテストを配るときには男が先と女が先を日替わりにする、自分の閻魔帳用に混合名簿を手作りする、といったささやかな抵抗はしてみた。だが、自分がいったん「学校にしてやられたぜ・・」と気づいてしまった差別を、今度は逆に教員という立場で日々再生産している、そのうしろめたさといったらなかった。自分のクラスや授業だけでの工夫など単なるアリバイ程度だ。授業中、「今日は3日だから、33番の人、答えてください」と指名したとたん、内田サンは「えーっ、なんでアタシからァ―」ってクネクネするし、3番の遠藤クンは「あれ、オレじゃなかったんだ」と拍子抜けした顔つき。修学旅行の班編成で1〜4班を女子、5〜8班を男子にしただけで「なんでうちのクラスだけ女が先なんだよう。そんなのヤダあ」と、日ごろはひょうきんで軽いキャラが売りの男子生徒がゴネる。生徒たちのそんな反応を見るたびにうしろめたさは増すばかりだった。

 続きは発売まであとほんの2週間に迫った本書『バックラッシュ!』でお楽しみください。
 明日火曜日はお待たせ『デビューボの泉』第三回です。どんなデビューボな話が飛び出すか乞うご期待! 連載を重ねて、目指せ『デビューボの泉』単行本化! ねぇ双風舎谷川社長?(ウソ)